SUBARUスバルと言う会社

創業は1917年、大正6年。富士重工業の創立は1953年、昭和28年である。創業の前身は中島飛行機で、その時は九七式戦闘機、一式戦闘機隼、二式戦闘機鐘馗(しょうき)、四式戦闘機疾風(はやて)、海軍艦上偵察機彩雲等多数の軍用機を生産した。エンジンメーカーとしても秀逸で、隼や零式艦上戦闘機に搭載された千馬力の栄エンジンや、紫電改に搭載された誉エンジンを開発した事でも有名である。終戦後富士産業となり、自転車や鍋、釜、乳母車、衣装箱等を造っていた。この時期特に注目すべき事は、1947年に発売されたラビットスクーターと呼ばれるバイクだった。このラビットスクーターは戦後日本の混乱期に於いて重宝され、人気を博し会社の経営を支える唯一の商品となった。ラビットスクーターはモデルチェンジを繰り返しつつ、1968年まで生産された。1953年5社出資に因る航空機生産を目的とした富士重工株式会社が発足。翌年6社が合併契約書に調印。更に翌年、5社を吸収し本格的な富士重工株式会社としてスタートした。スタート当初は日産と業務提携していたが、効果は現れず製品はスバリスト達に買われただけで、経営状態は最悪だった。この状態が持ち直すのは1989年のレガシィー発売が切っ掛けとなるのだが、それでも未だ万全とは言えなかった。1987年、ISUZUとSIAと言う生産拠点を立ち上げるも、2003年にISUZUがSIAから撤退し一方的に振られる。バブル崩壊後、日産保有のSUBARU株がゼネラルモータースに総て売却される。ゼネラルモータース傘下のサーブと業務提携したが、ここでも業績上の効果は上がらず、インプレッサワゴンをサーブに提供したり、オペルからトラヴィックの供給を受けたりしたが、その効果は得られなかった。2005年、ゼネラルモータースが売りに出したスバル株の8.7%をTOYOTAが買い取り、業務提携となり現在に至っている。

前身スバルSUBARUレオーネ

1958年。記念すべき軽自動車スバル360が登場。丸いデザインと最新技術、大人4人が乗れる事で人気を得た。しかしエンジンはSUBARUお得意の水平対向エンジンではなく、直列2気筒2サイクル空冷エンジンをリアに搭載し、リア駆動とした。1969年のスバルR2の発売で生産終了した。1966年。SUBARU伝統の水平対向エンジンとシンメトリカルAWDが採用された、スバル1000が発売された。エンジンは水冷水平対向4気筒4サイクルHOVを搭載、フロントに搭載しフロント駆動だった。サスペンションはフロントダブルウィッシュボーン、リアトレーリングアームである。1967年にスポーツセダンが追加され、エンジンが本格チューニングされていた。1963年にスバルff-1に移行した。1971年〜1979年。初代レオーネ発売。1400cc水平対向OHVエンジン搭載。4種類のボディバリエーションがあった。1975年に4WDが追加され、ここから本格的なスバル攻勢が始まった。1979年〜1984年。二代目レオーネ発売。1800cc水平対向OHVエンジン搭載。4種類のボディバリエーション。1982年のターボブームに乗り、タービン搭載車を追加。1984年〜1994年。最終型レオーネ発売。エンジン排気量は依然として1800ccを踏襲していたが、バルブトレーンをOHVからOHCに変更した。それまで曲線を基調としていたデザインのレオーネだったが、このモデルでは一転して直線基調のデザインとなって生まれ変わった。1987年にオートマティック4WD搭載と共に4輪のトルク配分を予測制御するACT-4を搭載。時代の4WD潮流にやっと追い付いたのである。1989年のレガシィー登場に因ってレオーネはセダン1600ccOHVに縮小され、1992年のインプレッサ登場で生産終了。バンは1994年まで生産された。同時期にスポーツクーペ、アルシオーネが存在する。レガシィーはSUBARUの旗艦車種レオーネの後継車として開発された。それだけに込められた思いは強いものだった。デザインもSUBARU色は薄められ、受け入れられ易い物となった。

SUBARUレガシィー、スバルレガシィー

1989年〜1993年。初代レガシィー発売。エンジンは新設計の水平対向4気筒OHCだった。排気量は1800cc〜2200ccが揃い、タービン搭載車もあった。1992年、世界的ラリー選手権WRC参戦を目的としたコンプリートカー、レガシィーツーリングワゴンSTiを200台限定で発売。1993年〜1998年。二代目レガシィー発売。このモデルの販売期間は5年だった。通常の日本メーカーのモデルチェンジサイクルとしては長い。このモデルからタービン搭載エンジンはDOHCとなり、タービンはツインとなった。インタークーラーは前年発売され、採用されていたインプレッサの空冷式となった。エンジン排気量は1800cc〜2500ccが揃っている。1998年〜2003年。三代目レガシィー発売。こちらも販売期間は5年である。このモデルから前輪駆動車は廃止され、総て四輪駆動車となった。同時に1800ccのラインアップが消えた。ランカスターと言う名前のモデルも投入された。このモデルには水平対向6気筒3000ccエンジンが搭載され、ランカスター6と言う名前が与えられた。噂に因ると、このモデルを登場させた経緯はユーザーに因る要望があったと聞いている。後にこのエンジンは通常のワゴン車にも搭載された。2003年〜現在に至る。四代目レガシィー。インプレッサで人気となったリーガルブルーパールと言うボディ色を採用。エンジンは水平対向4気筒SOHC2000ccから水平対向6気筒DOHC3000ccまである。ワゴンは根強い人気が持続しているが、前期型からB4と呼ばれるセダンも人気が高い。前期型でランカスターと呼ばれていたモデルは、アウトバックとして継承されている。レガシィーよりは若干車高が高いのが特徴である。レガシィーの特徴は世界で2メーカーでしか採用していない、水平対向エンジンと、全車種4WDと言うところだ。これに因って現在は堅い信頼感でユーザーの心を掴んで離さない。実は私も、もし買い替えるとしたら、SUBARUだと思っているのだ。
柿島 一雅

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